岐阜 郷土の先人遺墨展目録 4

平成21年1月10日(土)〜1月15日(木)
総作品数197点中  62〜81 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11

62.坪内逍遙 沙翁劇朗読(逍遙肉声)
ハムレット、ベニスの商人
コロムビア・レコード

坪内逍遙 沙翁劇朗読(逍遙肉声)

レコード

◆坪内逍遙・1859〜1935 加茂郡太田宿(美濃加茂市太田)に代官手代坪内平右衛門の子(10人兄弟の末子)として生まれた。幼名、勇蔵。東京大学政治経済科を卒業。明治17年、東京専門学校(後の早稲田大学)の講師(後に教授)となる。翌明治18年、「当世書生気質」「小説神髄」を立て続けに発表し日本近代小説の先駆者となる。明治24年、「早稲田文学」を創刊、明治39年、文芸協会の創立、明治42年、 演芸協会の設立、昭和3年、私費を投じて、演劇博物館(早稲田大学内)を建設するなど文化の向上に尽力。シェイクスピア研究の第一人者。文学者。昭和10年に没。

63.下田歌子 四季和歌 四枚
金砂子打曇入り小色紙

下田歌子 四季和歌
下田歌子 四季和歌
下田歌子 四季和歌
下田歌子 四季和歌

紙本水墨18×21.1

64.下田歌子 和歌 湊川懐古
金泥色紙 額装

下田歌子 和歌 湊川懐古

絹本水墨24.2×27

65.下田歌子 和歌 寄松祝

下田歌子 和歌

紙本水墨60.5×34.4

◆下田歌子・1854〜1936  岩村藩士平尾家の長女として岩村町に生まれる。本名は平尾銘(せき)。幼少より和歌、漢詩を学ぶ。明治5年、宮内省に出仕し同年昭憲皇太后から歌子の名を賜る。女子教育の振興に尽力。実践女子大学の創始者。歌人。昭和11年に没。

66.棚橋絢子 達磨図 合箱

棚橋絢子 達磨図

絹本水墨37.9×129.2

◆棚橋絢子・1839〜1939 大阪に生まれる。19歳の時に山県郡伊自良郷松尾村、当時失明の学者であった棚橋大作のもとに嫁ぐ。棚橋家没落で辛苦の生活を送るが、その後、東京女子学校校長となる。明治婦人会の指導者。昭和14年に101歳で没。

67.梶浦逸外 福寿海無量 紙箱

梶浦逸外 福寿海無量

紙本水墨94×31.7

◆梶浦逸外・1896〜1981 名古屋市に生まれる。12歳のとき京都選仏寺で得度。大徳寺昭隠老師のもとで修行。花園大学学長、美濃伊深正眼寺住職。昭和43年から昭和53年まで妙心寺管長。昭和56年、遷化。

68.川島昭隠 白紙賛 共箱

川島昭隠 白紙賛

絹本水墨27.3×113.2

69.川島昭隠 喫茶去 合箱

川島昭陰 喫茶去

絹本水墨55.5×27

◆川島昭隠・1865〜1924 岐阜県稲葉郡に生まれる。号を槐安軒。11歳の時、岐阜の開善院(岐阜市寺町)、則門和尚の弟子となる。 15歳で美濃加茂伊深の正眼寺に掛塔し、始めは泰龍に参じたが、やがてその法嗣大義祖勤に参じ、又禅外道倫にも参じた。明治26年、清 泰寺に住職する。その翌年大義は遷化する。明治31年、天龍寺の峨山に参じたが、明治33年、峨山の遷化に逢い、一旦清泰寺に帰るが、 翌年、南宗寺の蜻州守拙に参じ遂にその印可を得た。しかし法は大義を嗣いでいる。明治40年、大徳寺僧堂家となり、大正8年、正眼寺僧 堂に移った。その時雲衲五十余人が師に従ったという。大正13年に遷化。

70.南条文雄 書 扁額

南条文雄 書 扁額

紙本水墨124×43

◆南条文雄・1849〜1927 大垣船町に誓運寺住職溪毛芥の三男として生まれる。梵語学を研究、「大明三蔵聖教目録」を編纂。大谷大学学長。仏教学者。昭和2年に没。

71.久松真一 短冊 老倒無事 額装
久松真一記念館鑑定書

久松真一 短冊 老倒無事

紙本水墨6×36.4

72.久松真一 短冊 蔵巧於拙 額装
久松真一記念館鑑定書

久松真一 短冊 蔵巧於拙

紙本水墨6×36.4

73.久松真一 一行書 移花兼蝶到 合箱
久松真一記念館鑑定書   

久松真一 一行書 移花兼蝶到

紙本水墨33.8×133.6

◆久松真一・1886〜1980 岐阜市長良に生まれる。大正元年、京都帝国大学文化大学哲学科入学。西田幾太郎に師事。同校卒業後、 妙心寺山内春光院の一隅に住し、禅の修業に励みながら「覚の哲学」と言われる独自の哲学を築く。臨済宗大学(現花園大学)、龍谷大学、京 都帝国大学などで教授を務め、昭和32年、ロックフェラー財団の援助を受けて渡米、ハーバード大学神学部客員教授として「禅と禅文化」 の講義をする。その翌年、米国からヨーロッパへと渡りマルセル、ハイデッガー、ユングなど哲学者、思想家と交流し講演会を催し東洋の哲 学、文化の紹介に努めた。著書に「絶対主体道」「東洋的無」「禅と美術」「久松真一著作集全八巻」など。仏教哲学者。思想家。昭和5年に没。

74.日比野五鳳 徳川家康遺訓 合箱

日比野五鳳 徳川家康遺訓

紙本水墨33.2×135

◆日比野五鳳・1901〜1985 安八郡神戸町に生まれる。大垣中学卒業。昭和2年、文検に合格。昭和3年から昭和23年まで京都府 女子師範学校教諭、京都府桃山高等女学校教諭、京都府立女子専門学校講師を務める。初め中学時代の恩師、大野百錬に師事するが、後、独 学で 仮名書の研究を始める。主に日展に作品を発表。芸術院会員。文化功労者。近代仮名書の最高峰と称される。昭和60年に没。

75.大野百錬 一行書 共箱

大野百錬 一行書 共箱

紙本水墨34.6×136

76.大野百錬 書 扇面台貼り 紙箱

国井化月坊 青木奚花坊他 美濃派関係書簡一括り

紙本水墨64.5×115.5(全体寸法)

77.大野百錬 詩書 秋渓偶詩 大野国彦箱

大野百錬 詩書 秋渓偶詩

紙本水墨32.3×136.5

78.大野百錬 詩書 紙箱

大野百錬 詩書

紙本水墨33.3×137

◆大野百錬・1864〜1941 大垣に大垣藩士大野十助の二男として生まれる。菱田海?、野村藤陰、岩田滝に漢学を学ぶ。明治29年、 大垣中学(大垣北高)に勤務。大正8年、同校を退職し書道に専念する。大正13年、帝国書道院を設立。日本書道界の重鎮。昭和16年に没。

79.杉山三郊 堀田秀叢 合作 合箱

杉山三郊  堀田秀叢

紙本淡彩43×123.3

◆杉山三郊・1855〜1945 安八郡神戸町に生まれる。東京商科大学(一橋大学)、早稲田大学で書を教える。漢学者で書家。 ◆堀田秀叢・1894〜1954 長野県諏訪市に生まれる。池上秀畝門下。主に日展で活躍。日本画家。昭和29年に没。

80.大野伴睦 一行書 合箱

大野伴睦 一行書

紙本水墨33.4×135.2

81.大野伴睦 書 額装

大野伴睦 書

紙本水墨127×33

◆大野伴睦・1890〜1964 山県郡谷合村(美山町)に生まれる。衆議院議員当選13回。衆議院議長、自由民主党副総裁などを務め る。保守政界の重鎮、代表的な党人派政治家として活躍。昭和39年に死去。