岐阜 郷土の先人遺墨展目録 11

平成21年12月11日(金)〜12月16日(水)
総作品数211点中  201〜2111 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11

201.キシオ・ムラタ 風景 額装

キシオ・ムラタ 風景

油彩 キャンバスF4号

120.000円

◆キシオ・ムラタ(村田簣史雄)・1910〜1992 名古屋市に生まれる。大正八年、岐阜市に転居。岐阜中学卒業。昭和21年、行動美 術協会創立会員。昭和28年、東京国立近代美術館主催「抽象と幻想」展出品。昭和32年、サンパウロ・ビエンナーレ展に出品。昭和40 年、メキシコ大学客員教授。昭和45年、ナイジャリ町に定住する。昭和47年、63年、メキシコ国立近代美術館にて個展。平成3年、岐 阜県美術館にて「キシオ・ムラタぎふ特別展」。同年、名古屋市美術館にて「名古屋メキシコ友好 キシオ・ムラタ展」。洋画家。平成4年に没。

202.北蓮蔵 菊 額装

北蓮蔵 菊

油彩 キャンバスF10号

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203.北蓮蔵 モンブラン遠望 額装

北蓮蔵 モンブラン遠望

油彩 板F2号

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◆北蓮蔵・1876〜1949 岐阜市北長森に生まれる。明治22年、山本芳翠の画塾「生巧館」に入る。明治27年、同塾を受け継いだ 黒田清輝の指導を受ける。明治30年、東京美術学校入学。明治31年同校卒業。白馬会会員。洋画家。昭和24年に没。

204.村井正誠 題不明
エッチング 8 / 15  額装

村井正誠 題不明 エッチング

紙本26×17

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◆村井正誠略歴・1905〜1999 岐阜県大垣市に生まれる。大正14年文化学院大学美術部に入学し有島生馬、石井柏亭らに師事する。昭和9年山口薫、矢橋六郎らと「新時代」を結成。昭和24年武蔵野美術大学油絵科講師。昭和25年「モダンアート協会」を結成。日本を代表する抽象画の巨匠。平成11年に没。

205.江崎寛友 長良川風景 額装

江崎寛友 長良川風景

油彩 キャンバスF4号

65.000円

◆江崎寛友・1910〜1984  岐阜市に生まれる。昭和4年太平洋画会展で受賞し上京、小山正太郎美術研究所に学ぶ。昭和6年太平洋美術学校に入り中村不折に師事。太平洋洋画会会員。示現会の創立に参加。洋画家。昭和59年に没。

206.渡部審也 大八車牽き

渡部審也 リヤカー牽き

紙本彩色39.3×31

15.000円

◆渡部審也略歴・1875〜1950 大垣市室町に生まれる。明治23年洋画家の兄金秋を頼り上京。明治25年明治美術会教場に入学。明治28年第7回明治美術会に《俊寛》出品。明治31年第10回明治美術会に《猿曳図》を出品好評を博す。同年東京美術学校西洋画科専科2年に入学。明治33年パリ万博に《漁婦》出品。明治34年太平洋洋画会創立に参加。洋画家。昭和25年に没。

207.秋山文雄 不忍池 額装

秋山文雄 不忍池

水彩 紙本F4号

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◆秋山文雄・1923〜2007 黒野村(岐阜市)に生まれる。昭和19年、東京高等師範学校(筑波大)卒業。昭和63年県立加納高校初代美術科長に就任。日本水彩画会理事。示現会会員。水彩画家。平成19年に没。

208.別府細工 干網燭台

別府細工 干網燭台

高さ54p

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◆別府細工  本巣郡別府村(瑞穂市別府)で18世紀半ばから19世紀初頭にかけて造られた金属細工。

209.矢島寿山 瓶掛 合箱

矢島寿山 瓶掛

高24.3

90.000円

◆矢島寿山・1846〜1922 長野県川中島に生まれる。長崎の小曽根乾堂に鉄筆と篆刻学ぶ。後、各地を転々としながら陶芸と鉄筆の 研鑽に努めた。明治32年に岐阜に移り、金華山麓に窯を築き寿山焼と称した。大正11年に没。

210.荒川豊蔵 古志野十字茶碗之図 共箱

荒川豊蔵 古志野十字茶碗之図

紙本水墨32.8×27.4

145.000円

◆荒川豊蔵・1894〜1985 岐阜県土岐郡多治見市大畑町に生まれる。大正11年画家を目指し上京するが挫折して帰郷、同年京都の陶芸家宮永東山の陶房に入る。昭和2年鎌倉の北大路魯山人に招かれ星ヶ岡窯に移る。昭和5年可児市久々利大萱の古窯跡で志野の陶片を発見し、黄瀬戸、志野、瀬戸黒、織部といった桃山のやきものが美濃の産であることを実証する。昭和8年大萱に陶房を構え桃山の美濃焼の再興を志す。昭和21年多治見市に水月窯を開窯。昭和30年重要無形文化財技術保持者(人間国宝)に認定される。昭和46年文化勲章受章。陶芸家。

211.加藤卓男 志野花器 共箱

加藤卓男 志野花器

高25p

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◆加藤卓男略歴・1917〜2005 岐阜県多治見市に生まれる。早くから父5代加藤幸兵衛の指導を受ける。昭和9年、多治見工業高校卒業。昭和20年、徴兵された広島市で被爆。白血病を発症し約10年間闘病生活を送る。 昭和36年、フィンランド工芸美術学校、昭和48年、イランのパーレビ王立大学付属アジア研究所に留学。長年の古代オリエント研究の成果を実らせ、ラスター彩、三彩、ペルシャン・ブルーの復原に成功する。平成7年、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定される。陶芸家。