岐阜 郷土の先人遺墨展目録 6

平成21年12月11日(金)〜12月16日(水)
総作品数211点中  102〜1191 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11

102.仁林聾仙 山水図 合箱

仁林聾仙 山水図

紙本水墨54.7×132.5

35.000円

◆仁林聾仙略歴・1865〜1935 大垣代官町に生まれる。明治3年5歳のとき川に落ち聴力を失う。明治15年京都に出て久保田米僊、森寛斎に入門、四条派の画を学ぶ。明治28年九州漫遊の途につき途中耶馬渓に滞在。帰国後、大垣市東長町に居を定める。明治36年大阪勧業博覧会に「初冬山水」出品、二等銀牌受賞。大正8年南満州鉄道株式会社総裁野村龍太朗の招きで満州へ渡る。大連のヤマトホテルの壁画制作。以後満州に定住。四条派的要素のなかにも漢画的な独自な画風を持つ作品を残す。日本画家。昭和10年大連にて没。

103.水野柳人 登り鮎 共箱 二重箱入

水野柳人 登り鮎

絹本淡彩50.6×45.3

230.000円

104.水野柳人 香魚 共箱

水野柳人 香魚

絹本淡彩50.6×40.1

150.000円

105.水野柳人 遊鮎 合箱

水野柳人 遊鮎

紙本淡彩46×38.8

60.000円

106.水野柳人 遊影香魚 共箱

水野柳人 遊影香魚

紙本淡彩46×40.5

80.000円

107.水野柳人 水無月 水野隆箱

水野柳人 水無月

紙本淡彩52.3×40.4

80.000円

108.水野柳人 蛍画賛 合箱

水野柳人 蛍画賛

紙本彩色43×27

28.000円

◆水野柳人・1873〜1959  郡上八幡町に生まれる。鮎の柳人として知られる。商家出身の旦那衆で、絵画のほかに俳句を嗜み、茶の湯に精通した風流人。谷崎潤一郎、柳宗悦、菊池寛、大仏次郎ら多くの文人墨客と交わる。昭和34年に没。

109.玉舎春輝 山邨収穫図 共箱

玉舎春輝 山邨収穫図

絹本彩色49.4×51.5

お買い上げ頂きました

110.玉舎春輝 高浜虚子賛 鬼灯図 共箱

玉舎春輝 高浜虚子賛 鬼灯図

紙本彩色44.8×31

お買い上げ頂きました

111.玉舎春輝 柿 合箱

玉舎春輝 柿

紙本彩色31×134.8

お買い上げ頂きました

112.玉舎春輝 はつ秋 共箱

玉舎春輝 高浜虚子賛 鬼灯図

紙本淡彩23×30.6

お買い上げ頂きました

◆玉舎春輝略歴・1880〜1948 大野郡清見村下切(高山市上枝町)に生まれる。名は秀次郎。号は春輝、臥牛庵。幼年吉城郡古川村(古川町)の玉舎家の養子となる。明治32年京都に出て原在泉に入門、後、山本春挙門下となる。明治42年第3回文展に初入選。以後、文展を舞台に活躍するが、大正8年文展が廃され帝国美術院が設置されると日本自由画壇の創立に参加する。以後官展を離れ自由画壇に発表の場を移す。昭和14年川北霞峰、上田萬秋らと橙青社を結成する。昭和23年に没。日本画家。

113.櫟文峰 寒林群鴉図 共箱

櫟文峰 寒林群鴉図

絹本彩色41.8×127

35.000円

114.櫟文峰 香魚図 合箱

櫟文峰 香魚図

絹本彩色41.9×40.5

55.000円

◆櫟文峰・1891〜1970 大野郡高山町上一之町(高山市)に生まれる。名は順造。明治38年、京都の加藤英舟に入門。大正2年、第7回文展に初入選。大正3年、京都市立絵画専門学校別科に入学。大正6年同校卒業。大正10年、橋本関雪に入門。大正15年、東福寺毘沙門堂の襖絵を制作。昭和26年頃、郷里高山に帰り制作を続ける。日本画家。昭和46年に没。

115.山本光種 桔梗 合箱

山本光種 桔梗

絹本彩色25.6×90.7

12.000円

116.山本光種 三十六歌仙(36枚)短冊帖収納

山本光種 三十六歌仙
山本光種 三十六歌仙

絹本彩色6×34.3

55.000円

◆山本光種 岐阜松屋町の人。大和絵の画家。

117.牧田種麿 月下流水図 合箱

牧田種麿 月下流水図

絹本淡彩42.3×105.7

15.000円

118.牧田種麿 春秋双幅 牧田松豊箱

牧田種麿 春秋双幅 牧田松豊箱牧田種麿 春秋双幅 牧田松豊箱

紙本淡彩30.5×112.5

28.000円

◆牧田種麿・1835〜1908 岐阜市稲葉通りに住む。土佐光文に師事。岐阜を代表する土佐派の画家。明治41年に没。

119.佐脇波登麿 松図 紙箱

佐脇波登麿 松図

紙本水墨30.7×128.2

8.000円

◆佐脇波登麿・1853〜1922 佐脇源好の子として京都丸太町に生まれる。土佐光文について画を学ぶ。明治の初め岐阜上竹町に移る。明治19年、東洋絵画共進会で三等褒状。明治22年、パリ万博に出品、銀牌を受ける。明治40年頃渡欧。晩年、北長森村野一色(岐阜市北一色)に画室(號聲郷)を設け、門弟を指導する。土佐派の画家。大正11年に没。