江馬細香Ema Saiko(Saikou)

天明7年(1787)〜文久元年(1861)

美濃国大垣藤江村に大垣藩医江馬蘭斎の長女として生まれる。名は多保、字は細香、号は湘夢。3歳の時、妹柘植が生まれるが、病気で母乃宇、兄門太郎を相次いで亡くす。翌年蘭斎が山本佐野と結婚する。幼い頃より詩画の才能に秀でる。寛政7年(1795)、蘭斎が三年間の蘭学の修行の後、江戸より帰郷し好蘭塾を開設する。寛政11年(1799)この頃(13歳)より京都の画僧玉潾に師事し墨竹画を学ぶ。文化10年(1813)、頼山陽が江馬家を訪問し、細香は山陽に入門する。(この滞在中に山陽と細香の間に恋がめばえ、結婚を申し込まれたが、蘭斎が断ったと言われている。)以降上京は7回を数える。文政2年(1819)、この頃より浦上春琴に画の指導を受ける。翌年梁川星巌、村瀬藤城らと詩社白鷗社を結成。文政8年(1825)、『蘭化先生伝』、『冬日記』を作る。文政12年(1829)、源氏物語に親しみ源語詩を作る。天保2年、(1831)、継母佐野病没。翌年頼山陽病没、哭詩三首作る。この頃から蘭斎の看病をする。一旦は快復するが七年後92歳で病没。弘化3年(1846)、黎祁吟社を結成。嘉永元年(1848)、詩社咬菜社を結成。安政3年(1857)、70歳の賀宴で吐血し病臥する。安政5年(1858)、小原鉄心と共に幕吏に追われる三樹三郎を匿うが、三樹、紅蘭が捕らえらる。(翌年三樹は処刑される。)万延元年(1860)藩主より九曜の紋服を賜る。翌文久元年(1861)、秋、死去。

江馬細香 墨竹図
墨竹図
江馬細香 蘭竹図
蘭竹図
江馬細香 墨竹図
墨竹図
江馬細香 君子延年図(双幅)
君子延年図(双幅)
江馬細香 山水図
山水図
江馬細香 墨竹図 3
墨竹図
江馬細香 蘭竹図2
蘭竹図
江馬細香 山水図 3
山水図
江馬細香 雪中墨竹図
雪中墨竹図
江馬細香 墨竹図4
墨竹図
江馬細香 墨竹図5
墨竹図
江馬細香 墨竹図4
墨竹図
江馬細香 墨竹図(扇面)
墨竹図(扇面)
江馬細香 貫名海屋 墨竹図
墨竹図
江馬細香 墨竹図
墨竹図
江馬細香 雪中墨竹図
雪中墨竹図
江馬細香 墨竹図(三幅対)
墨竹図(三幅対)
江馬細香 墨梅図
墨梅図

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